今村遼佑は日常のささやかな気づきを手がかりに、事柄を削ぎ落とすなかで抽出されたモチーフを精緻に構成する作品を多く手がけてきました。われわれは今村のインスタレーション作品の中で小さな音に耳を澄まし、光の瞬きを追って目を凝らします。このような体験は鑑賞者の感受性を鋭敏にし、より多くの感覚情報を得ようとする意識が日常を超えるきっかけをつくります。
一方、光島貴之は視覚以外の感覚で日常を捉え、触覚・聴覚などの断片的なエピソードを組み合わせることで出来事を再現する作品を手がけています。鑑賞者は作品の手ざわりや釘を弾く音などの細部に集中しながら光島の感覚を追体験しますが、異なる他者の感覚をなぞるという経験は鑑賞者自身の感覚の解像度を高め、われわれにとって見慣れた日常を再発見する機会をもたらすでしょう。
本展に先駆け、今村と光島は2022年より半年間に渡って定期的にミーティングを行い、お互いが⽇常の中で気になる感覚の交換を試みてきました。ある時は大徳寺の石庭を前にしながら鳥のさえずりを聞き、またある時はそれぞれの記憶の中の感覚について話し合うなど、感覚を主題とした交流を幾度となく重ねています。
両者には晴眼者/視覚障害者という特性の違いがありますが、本展では美術作家としてのスタンスや一個人としての生活の中から生じた感覚の違いにも注目し、そこから⽣まれる新たな表現の可能性を探ります。今村と光島の感覚が絡まり合い、あるいはすれ違う先に行き着く〈感覚の果て〉に思いを馳せつつ、心ゆくまでご観覧いただけますと幸いです。
本展覧会に先駆けて、出展作家の今村遼佑と光島貴之が往復書簡のかたちでブログを執筆しています。昨年秋頃から重ねてきたミーティングで感じたこと、過去の展覧会のこと、二人の感覚の共通点や違いなど、その時々で感じたことが率直に語られています。
※ この展覧会は終了しています。
〈関連企画1〉 トークイベント ※ このイベントは終了しました
〈関連企画2〉 対話鑑賞イベント ※ このイベントは終了しました
1982年京都生まれ。日々過ごすなかで記憶に残ってくるものや、ふとした気づきを元に現実の確かさと不確かさを探求するような作品を手がける。インスタレーション、映像、絵画、テキストなど表現方法は主題に合わせて多岐にわたる。16年よりポーラ美術振興財団在外研修員として1年間ポーランド・ワルシャワに滞在。主な展覧会に「ヨコハマトリエンナーレ2011」(横浜美術館、2011)、「『アート・スコープ 2012-2014』―旅の後もしくは痕」(原美術館、2014)、「雪は積もるか、消えるか」(個展、アートラボあいち、2018)など。また、アーティスト業と並行して、2018年よりきょうと障害者文化芸術推進機構が運営するart space co-jinに勤務。光島の作品のアーカイブにも携わっている。
1954年京都生まれ。10歳頃に失明。大谷大学文学部哲学科を卒業後、鍼灸院開業。鍼灸を生業としながら、1992年より粘土造形を、1995年より製図用ラインテープとカッティングシートを用いた「さわる絵画」の制作を始める。1998年、「'98アートパラリンピック長野」大賞・銀賞を受賞。他作家とコラボレーションした「触覚連画」の制作や、2012年より「触覚コラージュ」といった新たな表現手法を探求している。近年の展覧会に「MOTサテライト2019 ひろがる地図」(東京都現代美術館、2019)、「みる冒険 ゆらぐ感覚」(愛媛県美術館、2022)など。対話型観賞を日常的におこない、今村の個展を鑑賞した音声をポッドキャストにて配信するなどの関わりがある。